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  • 2012.02.13 Monday
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 はじめに

 初めまして、こちらは管理人・かんみが大好きな『伊勢物語』に関するあれこれを書き綴ってゆくブログです。
中心は『伊勢物語』ですが、筆の赴くまま他の古典のお話などもするかもしれません。
更新頻度は生活に無理のない範囲で、気ままにゆったり進めて参ります。


本当は物語の流れを見る上でも、初段から順番に取り上げてゆくのが一番良いと思いますが、拙ブログでは管理人の気の向くままに章段を取り上げてゆくことを、最初に断らせて頂きます。
あくまでその時々に書きたいと思うことを自由に書くための措置で、決して物語世界の流れを軽視してのものではありません。


記事は日付の古いものから順に表示されるようにしていますので、最新の記事をご覧になりたい場合はお手数ですが右側にある「archives」より、最新の月をクリックしてください。
なお、ブログ記事は無い知恵振り絞って一生懸命書いたものなので、無断転載はご遠慮くださいますようお願い申しあげます。
また、拙ブログ内の全ての画像の無断転載・複製及び直リンクにつきましても、ご遠慮くださいますようお願い申しあげます。


右サイドバーにある「web拍手」は、こちらをご覧になっている皆様が「この記事面白かった」と思った際にクリックして頂くと、その反応が管理人に伝わるものです。(※モバイル版には未対応です。)
押していただければ管理人の励みになることはもちろんですが、管理人宛に一言メッセージを送る機能があるため、簡易メールフォームとしても置いています。よろしければご利用ください。


浅学ですので“あれこれ”と言う割には幅のない話になると思いますが、この場を通して同好の方々とお話する機会に恵まれることや、少しでも『伊勢物語』に興味を持たれる方がいらしたらと願っています。
どうぞよろしくお願いします。


                                        2010.11.18       かんみ拝


※以下、11.1.11追記しました。
長々とした注記で心苦しいのですが、どうか併せてご覧くださいますようお願い申しあげます。


【カテゴリーについて】
読みたい記事を探される際の参考にということで、振り分けの目安は次の通りです。
ただし、記事内容によっては複数の古典にまたがった話もあり、厳密なカテゴライズではありません。
右サイドバーの「search this site」からの語彙検索が確実ですので、あわせてご利用ください。
カテゴリーが新たに増えた際には追記します。


伊勢物語:『伊勢物語』に関する記事は全てこちらに振り分けています。


源氏物語:『源氏物語』がメインの記事です。


やまと歌:勅撰・私撰集、家集問わず、和歌に関する記事はこちらです。ただし『伊勢』の物語内の和歌に関しては、全て「伊勢物語」のカテゴリーに振り分けています。


気になること・思うこと:上記3カテゴリー以外の、古典関連で気になる・思っていることをあれこれ書いた記事はこちらに。『伊勢』と『源氏』以外の古典作品の記事もあり、謂わば「雑記」に当たります。


古典感想あれこれ:手に取った古典の感想を書き綴っています。


【リンクについて】
拙ブログはリンクフリー・アンリンクフリーです。
ただ誤字脱字を含めて、記事内容を修正のため予告なく記事を取り下げる場合もないとは限りませんので、リンクを張る際は記事へのリンクよりもTOPページ(http://uikoburi.jugem.jp/)に張ることをおすすめ致します。
記事内容について大きな修正を行った場合には、その旨を当該記事に注記致します。

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どうかご理解のほど、よろしくお願い申しあげます。

 ざっくりと『伊勢物語』について

 さっそくあれこれ書こうとして、ふと、その前にまず『伊勢物語』全体について、簡単にでもお話しておいた方が良いのではと思いました。


そこでまず、目安として辞書で『伊勢物語』を引きますと、次のようにあります。


■三省堂 『大辞林』(※「伊勢物語」の項より引用)

歌物語。一巻。作者未詳。現在のような形になったのは、平安中期か。百二十余の短い章段からなり、在原業平(ありわらのなりひら)らしい人物の恋愛を中心とした一代記の構成をとる。源氏物語・古今集とともに、後代への影響がきわめて大きい。在五が物語。在中将。在五中将の日記。


『伊勢物語』の作者や成立については様々な説があり、はっきりとは分かっていません。
『大辞林』には「百二十余の短い章段からなり」と書いてありますが、今私の手元にある『伊勢物語』(石田穣二氏『新版 伊勢物語』角川ソフィア文庫、1979年)は、初段〜最終段まで全125段の構成です。
『伊勢物語』には章段数や構成が異なる本も存在しますが、それを詳しく取り扱う予定は今のところありません。
ここではざっくりと、現在普通に読まれている本は全125段の章段によって構成されているとご理解いただければ充分だと思います。


さて、125段各章段には全て和歌が登場し、その和歌が各章段の物語の中心となっています。
それぞれの章段の長さはまちまちで、和歌を含め長くても数十行、短いものだと2,3行のものもあります。

そして全125段を見渡せば、初段で業平と思しき「男」が「初冠」して(=元服。成人を迎えたことを表します。とは言え、現代の成人年齢よりもぐっと若い年齢です。)、最終の125段ではやはり業平と思しき「男」が辞世の歌を詠むという、一人の男の生涯を緩やかに描いた一代記のような構成をしています。

ただ同時に、各章段はほぼ「昔、…」という形で始まるように、それぞれが完結し独立する物語でもあるということです。


ですから『伊勢物語』は「在原業平(ありわらのなりひら)らしい人物の恋愛を中心とした」物語であることは間違いありませんが、各章段毎に見るなら、それ以外の様々な人々もまた、主人公として物語に登場します。

中には実名が出てくる人もいますが、多くは「男」、「人」、「女」などという具合で特に誰ということはありません。
またそのように名前が明示されないことによって、業平ではない各章段の「男」や「人」にも業平と思しき男の姿を投影して読むことができ、全体を通して一人の男の生涯を緩やかに描いたものになるという面白い作りです。
各章段は恋愛を中心に普遍的な人間関係のあれこれを描いています。


以上、ややこしくなるのも避けたくて、とてもざっくりとした説明になりましたがご容赦ください。
ここで余り言葉を重ねると、いつまでたっても書きたいことに辿りつかなくなってしまうというのもあります。


さて、それではいよいよ書きたかったことへ…


※上記説明は管理人なりにあれこれ読んで書きましたが、もし『伊勢物語』についてテストの問題等に出るようであれば、お手元の教科書や解説書を参考にされる方が無難です。
※ブログ記事の無断転載・複製はご遠慮くださいますようお願い申しあげます。

 28段 あふごかたみ その1

『伊勢物語』というと、やはりまず思い浮かぶのは教科書で目にする「唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」という歌が登場する9段等、いはゆる“東下り”と呼ばれるところや、業平と二条后高子のロマンスを描いたところではないでしょうか。
私ももちろん好きですが、それ以外のあまりスポットライトの当たらない章段だってとっても面白いと思います。
例えば28段。わずか3行ほどのとても短い章段です。


本文
第二十八段
むかし、色好みなりける女、いでていにければ、


 などてかくあふごかたみになりにけむ
  水もらさじとむすびしものを


〈 現代語訳
昔、色好みであった女が、家を出て行ってしまったので、


どうしてこんなふうに、二人の逢う時も難しいことになってしまったのだろうか、
水ももらすまい(ぴったりと寄り添ってゆこう)とかたく誓ったのに


女に置いて行かれた男が一人嘆き悲しんでいる物語と、まとめてしまえばそれで終わってしまいます。
でもそれで終わりとするには勿体無いほど、面白いところがたくさんあるんですよ。


例えば、28段の歌の中に登場する「あふご」。

 28段 あふごかたみ その2

 ※前回、その1からのつづきです。


本文
第二十八段
むかし、色好みなりける女、いでていにければ、


 などてかくあふごかたみになりにけむ
  水もらさじとむすびしものを


〈 現代語訳
昔、色好みであった女が、家を出て行ってしまったので、


どうしてこんなふうに、二人の逢う時も難しいことになってしまったのだろうか、
水ももらすまい(ぴったりと寄り添ってゆこう)とかたく誓ったのに


28段の物語世界に目を移しますと、「などてかく…」の歌は「色好みなりける女、いでていにければ」、女が出て行って一人残された男の詠んだ歌です。


ここでは前回に書いた「あふごなき」というパターンの詠み方はしていません。「あふごかたみ」です。
この「かたみ」、やはり掛詞になっていると考えられています。
難しいことという意の「難み」(「あふごかたみ」で逢う時が難しいことの意)ともう一つ、ここでそのもう一つに何を見るかで説が別れるのですが…。
私は半身という意の「片身」と見る説だと思っています。
 

 118段 はふ木あまた

今回はぐっと後ろの118段、前回の28段と同様にほんの3,4行の短い章段です。


本文
第百十八段
 むかし、男、久しく音もせで、「忘るる心もなし。参り来む」といへりければ、

  玉かづらはふ木あまたになりぬれば絶えぬ心のうれしげもなし


現代語訳
昔、男が、長いこと便りもしないでいて、「あなたを忘れる気持は全くありません。そちらに参上しましょう」と言ってきたので(女は次のような歌を詠んだ)、


蔓草がはいまつわる木がたくさんになってしまいましたので(あなたがお通いになっている女の方が数多くなってしまいましたので)、いつまでも私のことを思ってくださるというあなたのお気持ちが(言葉の割には)嬉しそうでもありませんね


長い間連絡してこなかったくせに「いやいや!君のことを忘れたことなんてなかったよ。今に君の元に来るからね」などと調子の良いことを言う男に、そう言う割には私に会うことを嬉しそうにしているようには思えないと返す女。
「白々しいこと!」なんて女の声が聞こえてくるようで、なんだか現代にもありそうな男女の1コマです。


この女の歌の「玉かづらはふ木あまた」という表現、とても面白いな〜と思います。
「玉かづら」というのは、タマは美称で、カヅラは広く蔓性植物をいう「葛」を指す場合と、頭に懸ける装飾品やかつらやかもじをいう「鬘」を指す場合があり、ここでは前者の蔓植物のことを指しています。


「玉かづらはふ木あまた」について、竹岡正夫氏『伊勢物語全評釈―古注釈十一種集成』(右文書院、1987年)によれば、「蔓草の玉かずらが、あちこちの木に這いかかる意に用いて、相手の男に寄せたもの」、また「「玉かづら」を男に、「木」を女に見立てて、多くの女性の元に通う多情な男の様を表わした」とあって、これを読んだ時思い浮かんだ光景にハッとなりました。


我が家では定期的に庭のツル植物を刈り取っていますが、ちょっと目を離すとすぐ色んな所に絡み付いて伸びようとするから困ること…。
蔓植物の持つ性質になぞらえて多情な男の姿を表す巧みさ。
こんなに的確な喩えはそうないのではないかと思いました。
あの蔓植物が持つ鬱陶しいほどの生命力に日々悩まされている身としては、118段の女の「はふ木あまた」という男への皮肉がガツーンと心に響きます(笑)


撮影:Se.ikuno(PHOTOST



庭であっちこっちに伸びる蔓植物を見るたび、「118段の男はこんなだったんだな」と思います。
となると鬱陶しい蔓を苛立ちつつ刈り取る私は、さしずめ118段の女の嫉妬心を体感していることになるのかもしれません…。


さて、次回は同じ「玉かづら」でも、118段とは全く正反対の物語世界が描かれる章段について書きたいと思います。


※『伊勢物語』本文は石田穣二氏『新版 伊勢物語』(角川ソフィア文庫、1979年)より引用し、また表記も同書に従ったものです。
※底本は学習院大学蔵伝定家筆本です。
※現代語訳は管理人・かんみが訳出したものです。
※「玉かづら」の説明については、「kotobank デジタル大辞泉」(出典・小学館)玉葛・玉鬘の項を参考にしました。
※画像及びブログ記事の無断転載はご遠慮くださいますようお願い申しあげます。


JUGEMテーマ:古典文学

 36段 谷せばみ

前回118段からの「玉かづら」繋がりで、『伊勢物語』36段について。
この36段を118段と比較して見ると面白さ倍増ドン!というのが今回のお話です。


本文
 三十六段
  むかし、「忘れぬるなめり」と問ひごとしける女のもとに、


    谷せばみ峰まではへる玉かづら絶えむと人にわが思(おも)はなくに


現代語訳
昔、(私のことは)もう忘れてしまったようですねと、問いかけてきた女のもとに、


谷が狭いので峰まで延びている美しい蔓草のように、あなたとの仲を絶えようと私は思いもしませんのに――


付き合っている人からの連絡が途絶えると、「あの人は私のことをどう思っているんだろう」と不安になって、つい相手に聞いてしまうこともあるかもしれません。
36段は「私のことはもう忘れてしまったようですね」と、それとなく反応を問うてきた女に、男が「あなたを一途に想っています」と返すお話です。
この「谷せばみ峰まではへる玉かづら」という語句によって表される男の心がまた、面白いんです。


竹岡正夫氏『伊勢物語全評釈―古注釈十一種集成』(右文書院、1987年)によれば、「「峯まではへる玉かづら」は「絶えむと…思はなくに」(=絶えず)を言うために寄せられた序詞であるが、同時に男が女にいかに長い間ずうっと密着しているかといったさまをも髣髴させる効果をあげている。単なる序詞と解すべきではない」とあり、「峯まではへる玉かづら」を「わきめもふらず、ただただ一人の女にのみぴったりと心を寄せ、密着しからみついている男自身の気持を象徴的に表現して」いると評しています。


「谷せばみ峰まではへる玉かづら」と絶えることのない一途な愛情を表す男には、不安に揺れる女に応えようとする心が窺えて、36段を読むたびに私の心はほっこりします。
特に、118段とはまるで正反対の物語なのでなおさら。


118段では長い間連絡をしてこなかったくせに、「忘れていませんよ」なんて調子の良いことを言ってきた男に女が歌を返しますが、36段ではしばらく連絡を取らなかったために女の方から「忘れてしまったようですね」と反応を探るものがきて、男が歌を返します。
設定が36段と118段では見事に正反対です。


そして両段に共通する蔓草、「玉かづら」。
118段では「玉かづらはふ木あまたになりぬれば」と、奔放にあちこちの木に這いかかる蔓草の姿でもって、たくさんの女の元に通う多情な男の姿が表されましたが、36段はまさにその逆と言えます。


どちらもアイデアそのものは同じで、「玉かづら」(蔓草)特有のどこまでもぴったりと這い延びる性質に着想を得ています。
けれど一方では際限なくあちこちに這いかかる蔓草を、もう一方では狭い範囲だからこそ決まった一方向に延びて行く蔓草でもって、多情な男と一途な男という全く正反対の男の姿を描き出しているのです。
私の気持ちとしては、この巧みな表現に山のような高さにまで積み上げた座布団を進呈したいところです。上手い!




これまでに取り上げた28、118、36段に共通して言えますが、歌の中に章段の物語世界そのものが集約されてゆく『伊勢物語』の巧みさ、奥深さというのは和歌の持つ力をひしひしと伝えてくれるようで、私はいつも「力を入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の中をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは歌なり」という「やまとうた」(和歌)について高らかに述べた『古今和歌集』「仮名序」の一節を思い出します。


歌ならば相手に言いにくいこと、伝えにくいことも角を立てずに言うことが出来る。
歌だからこそ言葉以上に伝えられること、そして相手の心を揺り動かすことも出来る。
現代で言うなら電話やメール、アーティストの唄う歌であったりする、それら全ての要素を持つコミュニケーションツールとして和歌があることを、『伊勢物語』は和歌を介した様々な場面を描くことで伝えるものでもあると私は思っています。




 ※『伊勢物語』本文は石田穣二氏『新版 伊勢物語』(角川ソフィア文庫、1979年)より引用し、また表記も同書に従ったものです。
※底本は学習院大学蔵伝定家筆本です。
※現代語訳は管理人・かんみが訳出したものです。
※『古今和歌集』「仮名序」本文は小沢 正夫氏、松田 成穂氏『新編日本古典文学全集 古今和歌集』(小学館・1994年)から引用しました。
※ブログ記事の無断転載・複製はご遠慮くださいますようお願い申しあげます


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