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    雀隠れ

    • 2015.12.07 Monday
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    今回は前の落葉の和歌から一転して、木々が芽吹く新緑の時節の歌を取り上げたいと思います。
     

    雀
    撮影:Field・Finder(photost.jp)

    本文〉『曾禰好忠集』、九〇
       三月をはり

     浅茅生(あさぢふ)も雀隠れになりにけり
      むべ木の本はこぐらかりけり


    現代語訳
      三月おわりの歌

     丈の低い茅(ちがや)が生えている所も雀が隠れるほどになった、なるほど木の下は(葉が茂って)少し暗いことだよ


    茅は植物の名前。見た目は薄に似たような草です。
    六月の夏越しの祓え(なごしのはらえ)の際、神社に大きな茅の輪が置かれますが、あの輪の原材料となる植物です。

    歌は旧暦なので大まかにいうと、四月終わり頃を題として詠まれたものです。
    桜もとうに散り、梢の至るところから芽吹いた新しい葉が日に日に生い茂ってゆく時節。
    そんな時節を曾禰好忠(そねのよしただ)は、「雀隠れ」と表しました。

    「雀隠れ」とは、小柄な鳥の雀が隠れる程に草木が生い茂った具合のこと。
    草木の若葉はまだ大きく広がりきってはいないものの、雀が隠れる程には確かに茂ったという、微妙な季節の移り変わりを捉えています。
    そして木の下に目をやると少し暗くなっているのに気づき、そこにまだまばらながらも光をさえぎる若葉の存在が浮かび上がるのです。

    この歌でなんと言っても面白いのは、「雀隠れ」という語は曾禰好忠が創り出したものだということです。
    それ以前の文献には「雀隠れ」の語は存在せず、また同様の表現もありません。
    つまり“造語”であり、曾禰好忠オリジナルの表現です。

    造語自体はこれに限らず、歌や物語等でも時折見受けられます。
    歌人や物語作者が表現を追い求めてゆく中で、全く新しい言葉を生み出すことは不自然ではありませんし、あるいはその人特有の言い回しといった可能性も考えられます。

    とはいえ、曾禰好忠の歌には造語や他では余り見られないような独特の語句が少なくなく、特徴の一つと言えると思います。
    好忠の歌は斬新・奇抜で、異色の歌人などとも評されるのですが、こうした独特の表現や発想が強く出ている歌が多いのが由縁となっています。

    好忠の歌で有名なのはなんと言っても百人一首にとられている「由良のとを渡る舟人かぢを絶え行方も知らぬ恋の道かな」ですが、彼の家集である『曾禰好忠集(曾丹集)』を開くと、良くも悪くもアクの強さを感じさせる異色の詠みぶりに満ちています。
    今で言うなら、個性派アーティストといった趣で面白いですよ。

    ※小倉百人一首とその歌人たちについては、京都・嵐山にある百人一首を体感できるミュージアム「時雨殿」の公式HPに分かりやすく解説されていますので、参考までにどうぞ。→時雨殿公式HP


    さて、好忠の造語「雀隠れ」ですが、この独特の語句が頭の片隅に残っていた私は、ある日他の作品に1例だけ用いられているのを見つけて、「あ!」と驚きました。
     

    本文〉『蜻蛉日記』下巻、天禄三年三月条(『新全集』P293)
     三月(やよひ)になりぬ。木の芽すずめがくれになりて、祭のころおぼえて、榊、笛こひしう、いとものあはれなるにそへても、おとなきことをなほおどろかしけるもくやしう、例の絶え間よりもやすからずおぼえけむは、なにの心にかありけむ。


    平安時代中期、『源氏物語』以前に藤原道綱母が己の半生を綴った『蜻蛉日記』です。
    以前、「氷の解ける前に」の記事でも取り上げた作品です。

    『蜻蛉日記』とは、岩波文庫の説明を引用すると「美貌と歌才を謳われ,権勢家の妻となった女の半生記.結婚生活の苦しみや悩みの吐露から,次第に内省を深め,やがて人生を静かに客観的に見つめるようになっていく.引歌による多層的な表現や物語的な手法の発展など,『源氏物語』の先駆をなす,平安日記文学の代表作」とあります。

    この三月の情景を表す際に、藤原道綱母は好忠の「浅茅生も雀隠れになりにけりむべ木の本はこぐらかりけり」を引き歌としたのです。
    引き歌とは、古い歌やその一部を自身の歌や文章に引用することを言い、そうすることで自身の歌や文章に表現の広がりや深みを持たせる効果があります。

    具体的には、ここで好忠の歌を下地にすることで、読者の頭にぱっと「ああ、なるほど、あの歌で詠まれたような景色だな」と、春、雀が隠れる程に草木が茂った情景が広がり、藤原道綱母が見ていた『日記』内の三月の景色が生き生きとイメージされるのです。

    岩波文庫の説明にもあるように、こうした引き歌表現が多く見られるのが『蜻蛉日記』の特徴でもあります。
    引き歌ができるというのは、それだけ様々な歌を知っていること、その歌をよく理解していること、さらには引用した歌を生かすセンスが必要になってきます。

    藤原道綱母は歌に優れた人として当時から知られていたのですが、『蜻蛉日記』を開くとまさに彼女の歌の造詣の深さ・卓越したセンスが詰まっていて、唸ってしまいます。

    (ちなみに、藤原道綱母もまた好忠と同じく中古三十六歌仙の一人。百人一首にも「歎きつつひとり寝(ぬ)る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る」がとられています。)


    ――――と、長々とお話しましたが、いかがでしたでしょうか。
    「雀隠れ」という独特の語句に注目してみると、曾禰好忠の歌の特徴、さらには引き歌の多い『蜻蛉日記』の特徴、それぞれの一端を窺い知ることができます。
    たった一語でもそこから影響を受けているのが分かったり、思いがけない繋がりが見つかることもあります。
    それがまた、古典がうんと楽しくなる瞬間です。
    気になる語が見つかったら、どうか根気よく丁寧に追ってみてください。



    ※『曾禰好忠集』本文は久保田淳氏監・松本真奈美氏・高橋由記氏・竹鼻績氏 校注『和歌文学大系 中古歌仙集』(明治書院、2004年)より引用し、表記及び歌番号も同書に拠るものです。
    ※『蜻蛉日記日記』本文は菊池靖彦氏・伊牟田 経久氏・木村正中氏校注『新編日本古典文学全集 土佐日記 蜻蛉日記』(小学館、1995年)より引用しました。
    ※現代語訳は管理人・かんみが訳出したものです。
    ※画像及びブログ記事の無断複製・転載はご遠慮くださいますようお願い申しあげます。

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